吉川さおり 参議院議員(全国比例)

活動記録

故羽田雄一郎議員お別れの会

2022年8月24日
  • コロナと闘う議連申入れ(20年8月)

羽田雄一郎議員がこの世を去ったのが、2020(令和2)年12月27日、本当に突然のことでした。合流新党の立憲民主党参議院幹事長として、さあこれから、というタイミングでもありました。

私にとっては、2007(平成19)年7月の初当選時から一貫して指導してきていただいた先輩議員であり、政治的手腕においても人柄の面においてもその存在ははかりしれないものでした。

あれから1年半以上経った今でも、思い出すたびにつらくなりますが、この度、羽田さんの地元・長野県上田市で開催されたお別れの会に出席したのを機に、またひとつの区切りを迎えたような気がしています。

初当選からの10数年間、羽田さんをはじめとする参議院の先輩に教わったこと、羽田さんがきっかけで再度の議運理事としてこれまで議運で経験させていただいたこと、中立的な立場で後世に記録に残すことを試みたいと考えています。

羽田雄一郎議員哀悼の件(2021年5月19日)

2020(令和2)年12月27日、新型コロナウイルス感染症のため、53歳で急逝された羽田雄一郎参議院幹事長の哀悼演説が、5月19日の参議院本会議で行われました。

自民党の尾辻秀久元参院議員会長が登壇され、羽田さんの温かく器の大きい人柄、数々の実績など、心を打つ演説をしてくださいました。

尾辻議員の哀悼演説の中で、特に印象に残ったのは、「与野党が激しく対立する場面でも、羽田さんがいると場の雰囲気が自然と柔らかくなったこと、これからも何回も思い出すことになるでしょう、「さようなら」は言いません。また、お会いしましょう」のくだりでした。

最近の国会は、虚しくなることも、悲しくなることも多々あり、その度に羽田さんのことを思い出しているためです。

私にとって、2007(平成19)年の初当選時から大変お世話になった先輩議員です。

尾辻議員の哀悼演説でも触れられた「コロナと闘う病院を支援する超党派議連」も一緒に活動させていただき、昨年8月には官邸への提言申し入れもご一緒しました。

尾辻議員が、「ご自身の体調について、なぜ早くお伝えにならなかったのか」「何でもいいから、生きていて欲しかった」と仰いましたが、私も同じ思いですし、なぜ、という気持ちが今もずっと消えません。

尾辻議員と同じく、羽田さんに「さようなら」は言いません。ただ、その志はしっかり継いでいきたいと思います。

最後に。
この日の議場には、羽田さんの氏名標が立てられ、机には献花が置かれました。

議運理事会で、各会派の皆さまのご理解をいただき、哀悼演説の日まで羽田さんの議席をそのまま残していただいたことに心から感謝しています。閉会中に議員逝去の場合は、議席を残さないのが通例だからです。また、参議院事務局の皆さまにも様々ご配慮をいただきましたこと、本当に感謝しています。誠にありがとうございました。

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